YTAメモ《語録抜粋》編

永六輔著「芸人」岩波新書1997.10.20第1版より
永六輔著「職人」岩波新書 1996.10.21第1版より
永六輔著「商人」岩波新書1998.4.20第1版より

昨年年末から今年にかけて、永六輔氏の著作(岩波新書)を続けて読みました。いずれも「語録」や「講演録」「対談」など著書のほとんどが話し言葉で書かれており、読みやすく作られています。それぞれの著書の前半(著書によっては半分以上)は「無名人語録」とよばれる永氏があちこちで書き留めた「ことば」。ひとつひとつの言葉は短いが妙に説得力があって印象に残るものがたくさんありました。中には永六輔氏がホンネを語録に創作したと思われるものもありますが、話のネタとして使えそうな「ことば」がつまっています。
 その語録の中から私の印象に残ったものを抜粋してみました。今回は「芸人」「職人」「商人」の3冊より紹介します。なお、ワ-プロ出力の都合で縦書きの文章を横書きに変換しましたが、縦書きの方が読みやすいと思いました。ぜひ、一度永氏の著書を直接ご覧いただくことをお薦めします。
また、検索するための引用ぺ-ジはまとめて掲げました。

永六輔著「芸人」岩波新書1997.10.20第1刷より:pⅰ-ⅴ,p7,p8,p9,p15,p16,p22,p23,
p33,p34,p42,p43,p44,p45,p47,p48,p49,p53,p54,p55,p56,p57,p58,p60, p61,p62,p64,p69,p70,p71,p72,p73,p76,p78,p79,p84,p85,p88,p89,p91, p92,p93,p94,p97,p101,p102

★いままで集めた芸人語録から、ベストテンをまず……
「スターであるかぎり、幸せであるわけがない」
(美空ひばり)

★「俺のようにチビで鼻曲がりで、ユダヤと二グロの混血には、これ以下ということがない。 だから俺は、いつだって昇り坂だ」
(サミー・デービス・ジュニア

★「女の背中はただの背中だが、女形の背中は女の背中だ」       
(喜多村緑郎)

★「明日からまた人気がなくなるかもしれないと思うと、犬も飼えない」
(森進一)

★「自分が興奮して、メンバーも興奮するのは三流、自分は冷静で、メンバーが興奮するのは二流、自分もメンバーも冷静で、客が興奮すれば一流の指揮者」
(カラヤン)

★「芸人は常に怖ろしい敵に囲まれている。その敵は、彼の才能を讃めちぎる連中だ」
(シャリアピン)

★「私は危険な職業が好きだ。歌手になったのも危険だからだ」
(ジベール・ベコー)

★「生活がかかっているといっても、いまの芸人は住宅ローンや車のこと。むかしは喰う だけのことだった」
(林屋彦六)

★「むかし、新内を聴いて、悲しくなって自殺した遊女がいた。わたしも自分の唄で、一 人くらいは殺したい」
(岡本文弥)

★「芸人・役者・芸術家は早く死んでください。修業で命を縮めてください」
(六代目菊五郎)

★「おまえの芸は泣かせる芸じゃないね、おまえの芸は寝かせる芸だよ」
  ☆この言葉は目で読むだけでなく、声に出してみてほしいですね。
   「な」と「ね」で遊んでいる。
   こういう厳しい旦那に育てられて、芸人が育つ。
   もちろん、旦那は、飲ませもし、喰わせもし、遊ばせて小遣いも渡
   し、そのうえで、こういう一言を言うのである。

★「芸と商売は違います。芸をやりますか、それとも商売でいいんですか」

★「ウチの師匠は焼酎でうがいをするんです。それはいいんですが……
 コップに戻して弟子に飲ますんです。ありがたく飲めって……」
  ☆師匠が師匠である証拠に、弟子に無理難題を押しつけて楽しむ話が
   たくさんある。
   それを乱暴だと言ってしまうと野暮になるところがあって、弟子は
   どう対応する かが勝負になる。そこが学生の一気飲みとは違うの
   だ。学生は普通の人だが、芸人は普通の人ではないのである。

★「上方の落語家は140人。その中で40人はきちんと噺ができます。
 でも60人は着物がきちんと着られまへん」

★「歌舞伎に高麗屋という屋号がありますよね。松本幸四郎とか、高麗屋で
 すよね、ということは、当然、朝鮮半島と関係があるわけですね。どう
 いう関係があるんでしょうね」
  ☆〈高麗屋ッー!〉というかけ声は、高麗渡りのものが素晴らしかっ
   たからであっ て、朝鮮半島出身の在日演劇人だからではない。

★「歌舞伎の役者は血統ですからね、サラブレッドを育てるのと同じなんです」
  ☆先代の勘三郎までは、戸籍上の長男が襲名することは稀れだった。
   売れっ子の歌舞伎役者は各地の色里に愛妓がいるのはあたりまえの
   ことで、子ども も産ませた。そうしたなかから、もっとも能力の
   ある子どもが跡継ぎになるのだか ら、芸達者が揃ったのだ。

★大阪商人のムコ養子願望と同じで、芸と一門を大切にするなら、納得できるあり 方である。
曾我廼家十吾さんは、〈種取り養子〉でかけもちをしたことがあると言っていた。 それをマスコミが一夫一婦制を強制するようになってからは質が変わりつつある。

★「芸能界はやたらに〈父さん〉〈母さん〉という関係をつくります。他にも、兄弟とか、 ○○一家とか……みんなホントの家族がバラバラになっているからです」

★「音楽療法というのがありますが、音楽で病気が治るわけではありません。
 病気とみつめあうとか、心が開いて治療が受けられるとか、 そういう
 ことなら役に立つというレベルですね」
  ☆厚生省はまだ、音楽療法を医療としては認めていないが、奈良市で
   は行政として 市役所のなかに音楽療法推進室をつくり、積極的に
   音楽療法をすすめているのが 楽しみ。

★「勤労者の平均年収が600万円弱と聞いてますが、わたしたち洋舞のダンサーで、年 収300万円を越えるのは大変なんですよ。選んだ道だから文句は言えませんがね。 わたしたちダンサーの舞台生命は20年ありませんから……」
  ☆スター制度の芸能界や、プロスポーツ界では、収入の落差がよく話
   題になる。ア メリカのプロ野球でいう、メジャーとマイナーの差
   は、その差があってこそ努力 するという意味があるが、ダンサー
   の場合は、一軍のスターであっても収入はな いも同然。
   こうして〈好きだから〉に支えられている芸能のジャンルは多い。
   ダンサーは必 要なのだから、アメリカのように、芸能人組合の積
   極的な保護がなければ……と いいながら、しっかりした組合がま
   だないのが現実。

★「音楽著作権とか文芸著作権は恵まれてますよ。われわれ振付師は書いて残せないこともあって……つまり恵まれていません」

★「親戚にだよ、寅さんみたいな奴がいてごらんよ。
 人気者になれるかい?はた迷惑なだけじゃないのかい?」

★「芸術家っていうのはね、芸術と結婚した人のことをいうのよ。 芸術家の女房とか亭主とか言ってもらいたくないわネ。そういうの、芸術家の愛人な のよ」

★「街角で紙芝居をやると道交法、広場で紙芝居をやると公園法。紙芝居を取り締まる法律は揃ってますが、守ってくれる法律はありません」

★「大道芸フェスティバルなんてやってますけどね、道路の使用許可、出ていないんですよ。 静岡なんか世界大会までしているのに、規制するんですから。大道芸人はイベントに利用されているだけですね」

★「実力、能力、体力……いえいえ、テレビタレントにいちばん大切なのは魅力です」
  ☆〈テレビに玄人の芸人はいらない〉と言ったプロデューサーがいた
    。萩本欽一が それを証明してみせたこともある。舞台で修業し
    た結果も役に立たず、配役は誰でもいいというドラマが主流にな
    る。もちろん、なかにはテレビ向きにやってみせる芸人役者もい
    るのだが、何よりも、 〈お人柄〉とスタッフに気に入られるか
    どうかという点が仕事につながることに なっている。観るのに
    金を払わない、だから客が芸人を育てない、という世界がテレビ
    である。

★「タレントになって、売れるようになったときに、こんなに楽で、こんなにお金がもら えるのかって、そのことに驚きましたね。これじゃ、人間すぐダメになるって思いました」
  ☆とくに、テレビCMに大量に出ている人たちは、社会的責任を感じ
   ていないと、 悪徳業者のCMの片棒をかつぐはめにもなる。世間
   が許してくれても、本当は同 罪なのだ。CMタレントは仕事では
   なく、芸人伝統の幇間、ヨイショだという人もいる。だ ったら、
   スポンサーの旦那に対して、一流の幇間であってほしい。つまりギ
   ャラ ではなく、御祝儀を頂戴するのだ。

★「NHKの座談会に出たら、台本があって、わたしのセリフまで書いてあるのよ。だったら女優に頼んでほしいわ」

★「二ュースのときの音楽ってさ、やたら気分を出しすぎていないかなァ」

★「テレビのアナウンサーが、よく〈ごいっしょに考えたいと思います〉って言うけどさ、 いっしょに考えたくないヤツだっているよなァ」
  ☆田原総一郎が画面から、〈総理、いまここに電話ください〉と、命
   令調で呼びか けたりする。ゲストの政治家が学生のようにかしこ
   まっていたりする。その司会 者の〈じゃここでCM〉という間の
   とりかたは芸人である。

★「板前やコックがスターになるのは、自分で料理する人が減ったからだよ」
「レポーターにならないかって言われたんですけどね。
〈あの仕事はアッという間に顔が下品になる〉って言われて……」

★「テレビで完全取材とか、完全密着とか、〈完全〉がついていれば、それは、〈不完全で雑な仕事〉という意味です」
  ☆新聞のテレビ番組案内の日本語の凄まじいこと。読むほうだって信
   じないという ことが暗黙の了解でご言葉遊びをしているのだ。宣
   伝なんだからという開き直り も、テレビの芸のうちなのだろう。

★「見ていて恥ずかしいテレビCMがあるけど…… 出演している人も恥ずかしいだろうね」

★「テレビで、CMのことを〈お知らせ〉っていうのはやめてもらいたい。 あれは〈お知らせ〉ではなく、〈宣伝〉なんですから」

★「テレビのCMは、いい時間、まァ10パーセントの視聴率で300回放映すると、テ レビを観ている人の半分がその商品を認知するんだそうです。そのためには8億円かかるんです。つまり、なんやかんやで10億円はありませんとねェ……」
  ☆この不景気でも、企業がテレビCMに使っている予算は1兆700
   0億円といわ れている。これを世帯数で割ると3万円ほど。NH
   Kの契約料よりも高い計算だ。

★「郵政省はテレビ局を許認可し、チェックもできるんです。だから、郵政省OBの天下り役人が各局にいます。そうか、それで……うん、チェックなんかできないんだ。そうか、そうか……」

★「電話とか、ラジオとか、声だけで相手を説得しようと思ったら、聞いている人の頭の中にあるテレビのスイッチをいれなければいけません。言葉が相手の頭のなかで映像になれば、なんとか伝わる」

  ☆だからこそ、想像力をかきたてる言葉のトレーニングが必要になる
   。ラジオは豊 かな日本語の接点にならなけれはいけない。

★「ねェ、プロレスなんてさ、本気だったらさ、何度死んでも間に合わないよね。それが死なないんだからネ、ネッ!」
  ☆プロレスリングを見慣れると演出が目立って、今度はそれが面白く
   なる。旅興行の場合は毎日毎晩リングにあがるのである。
   もう演技以外では考えられない。
   〈必殺32文、大暴れ〉〈恐怖の殺人チョップ乱れ撃ち〉
   プロレス新聞の見出しはユーモアそのものである。
   かつてプロレス中継の担当アナだった古舘伊知郎は、〈言葉の魔術
   師〉として、 新しい話芸を確立した。

★「プロ野球が子どもに夢を売ってる? そういうバカなことを言うなってんだ。
 子どもは夢を買ったりしません。夢を買うようになったら大人です」

★「巨人ファンというのは強い巨人のファンであって、
 巨人が弱くなると離れるのが多いんですよ。
 そこへいくと、阪神ファンは弱い阪神も好きなんです」

★「アウトです。アウトと言っちゃった以上、アウトです。
 諦めてください。アウトって宣告しちゃったんですから、仕方がないでしょう。はい、プレーボールー!」

★「相撲の断髪式のときに、どうして金ピカの洋鋏をつがうのかねェ。
 床山の使う和鋏で切るべきじゃないかね。伝統の国技が笑わせるよ」
  ☆僕は力士が土俵で汗をぬぐうのに、タオルを使っていいのは、ハワ
   イ勢などタオル文化に育った外国人力士だけにしてもらいたい。汗
   をふくだけなら、藍木綿の手拭いのほうが粋に決まっている。それ
   に、かぎりなく黒に近くと決められている締め込みの色が、どうし
   て絵具箱をかきまわしたような色になるのか。八百長よりも、その
   ほうが気になる。

★「行司は、自分が同体だと思っても、軍配を挙げなきゃいけないんです。 こんなバカな話はありません。それを審判係が偉そうに、同体なんて言うんですから  ね、野球のアンパイアがうらやましいですね」
  ☆芸能という目でみれば、決定権のない相撲の行司はまさに芸能その
   もの。呼び出しの声もまた、芸である。土俵への通路も〈花道〉と
   いい、ここにも芸能の名残りがある。
   何よりも海外での評価が〈古典芸能〉なのである。
   横綱の土俵入りもまた、見事な芸能。長野冬季オリンピック(98
   年)の雪上の    土俵入りにいたっては、芸能の証明にほかな
   らない。

★「オリンピック選手になるのは記録があればいいんですが、
 オリンピック役員になるのは人脈と学閥と金ですからね。
 選手になるより、ずっとむずかしいんです」

★「オリンピックの入場式に役員として行進すること、
その実績が天下りのときにものを言うんです」
  ☆競技大会の役員の数の多さは何なのだろう。
   選手に聞くと、それでいて大切な役員は少ないと言う。
   役人・議員の視察旅行と同じなんだとのこと。

★「練習どおりのことができない人だったら、練習なんかするなよ。
 無駄だよ、オリンピックに行くだけ」
  ☆期待されたり、緊張したりして、自分の記録にも及ばない選手が多
   いのは日本。精神力とか、集中力というより、〈楽しむ〉というこ
   とができないのが原因だと思う。〈ガンバレ〉で致命傷を負うので
   ある。

★「人間、ヒマになると悪口を言うようになります。
 悪口を言わない程度の忙しさは大事です」
  ☆いい台詞ですよね。亡くなった沢村貞子さんに聞いた話では、「町
   内の噂は母のところにくると、そこで止まったんです」って。つま
   りお母さんはその噂をさらに広げたりしない。全部呑み込んで、そ
   こで終わらせちゃう。この母にして……という感動。

永六輔著「職人」岩波新書1996.10.21第1刷より:p8,p9,p10,p11,p12,p13,p17,p18,p21,
p25,p26,p33,p35,p36,p37,p40,p53,p55,p62,p63,p65,p66,p69,p138,
p155,p156,p173,p176,p177,p198,p199,

★「職業に貴賤はないと思うけど、生き方には貴賤がありますねェ」

★「人間、《出世したか》《しないか》ではありません。
《いやしいか》《いやしくないか》ですね」

★「いいかい、仕事は金脈じゃない、人脈だぞ。
 人脈の中から金脈を探せよ。金脈の中から人脈を探すなょ」

★「もらった金と稼いた金は、はっきりと分けとかないといけないよ。
 何だかわからない金は、もらっちゃいけねェんだ」
  ☆僕が中学生のとき、NHKの「日曜娯楽版」に投書して、初めて謝
   礼というものをもらったことがあります。嬉しかったものだから、
   それを近所の金箔押しの職人さんに言った。このときピシッと言わ
   れたことは、いまでもよく覚えています。

★「それはよかった、もらっとけ。でも、おまえさん、これから大きくなっていくと、何でくれるんだかわからない金というものが、ときどきあるからな。それは、絶対もらっちゃいけない。自分でなぜくれたのかわかる金だけをもらえよ。なぜくれるんだかわからない金は、絶対もらうんじゃないぞ」
  この言葉を政治家と役人に伝えたい。

★「子供は親の言うとおりに育つものじゃない。親のするとおりに育つんだ」

★「躾ってものは、ガキのうちに、やっていいことと、やっちゃいけないことを、体で覚えさせることだよ」

★「女房褒めればよく尽くす、亭主立てればよく稼ぐ」

★「頭の悪いガキをつかまえて、頭を良くしようとするから、世の中が無理
 がいく。頭の悪いガキには、それなりの生き方を探してやるのが大人の
 責任しゃねェの かね  ェ。いいんだよ、多少は頭の悪いほうが。
 愛嬌があってさ、世の中けっこう楽しくやれるもんだぜ。
 政治家にだって、頭の悪いやつがあれだけいるってのにさァ」

★「何かに感動するってことは、知らないことを初めて知って感動するって
 もんじゃござ  いませんねェ。
 どこかで自分も知ってたり考えていたことと、思わぬところで出くわす
 と、ドキンと  するんでさァね」

★「食べて美味しいものは簡単につくれます。喰って旨いものとなると年季
 がかかります」
  ☆板前の台詞です。「食べて美味しい」も「喰って旨い」も同じよう
   なことなんだけど、なんか気分がわかりますよね。

★「樹齢200年の木を使ったら、200年は使える仕事をしなきゃ。木に失礼ですから」

★「屋久杉は、屋久島の杉のことをいうのではありません。
 屋久島の杉で、樹齢1000年以上の杉のことをいうのです」

★「檜は不思議な木で、建材にして200年くらいたった頃が、一番強くな
 るんです」

★「バイオリンは楓の木からつくるんですが、
 その楓を育てた土から調べないと、いいバイオリンはつくれません」
  ☆バイオリンといえば……
   指揮者の大町陽一郎さんが言っていました。
   「ストラディバリウスという職人の仕事が、いまだに追い抜けない
   んです。指揮棒ひとつだって、気に入ったものに出会うのに何十本
   もの棒を振るんです。つくった職人さんとピタッと波長が合うとき
   があります。音楽をつくっているのは演奏者や指揮者じゃありませ
   ん。楽器や指揮棒をつくっている職人たちです」

★「百姓ってのは、百種類の作物をつくれる職人ってことなんだってさ」

★「残らない職人の仕事ってものもあるんですよ。
 えェ、私の仕事は一つも残っていません。着物のしみ抜きをやってます。
 着物のしみをきれいに抜いて、仕事の跡が残らないようにしなきゃ、私
 の仕事になりません」
  ☆仕事をすれば、なんか残るじゃないですか、「これはオレのつくっ
   たものだ」と。
   でも、自分の仕事の跡が絶対に残っちゃいけないのが「しみ抜き」
   。やったということを言ってもいけない。実際、きれいな着物を前
   にして、「これはオレがしみ抜いたんだ」って言っても、「どこど
   こ?」、「どこどこったって、わからないように抜いたんだよ」と
   いう話になっちゃうでしょ。ほんとに抜いたんだか、抜いてないん
   だか、わからない。
  仕事が残らないことにプライドをもつという職人さんもいるわけなんです。

★「おい、若ェの!何にもできなくっていいから、せめて、元気のいい返事ができねェか」
  ☆このごろの若者は、返事をしないと思いません?
   黙っているから、わかっているんだか、わかっていないんだか、わ
   からない。つまり、「はい」という言葉が出てきません。別に、大
   きな声で元気に「ハイッ」て言わなくてもいいけれども、でも、「
   はい」が言えなくなっているのは確かです。

★「近頃の若い連中だって、きちんと説明してやれば、けっこう仕事はこなしてくれます。 やあ、見事なものだと思うときもあります。
 《好きなようにやってみな》というと、何にもできないのが不思議です」
  ☆マニュアルどおりでなら何とかなるし、「こうしろ」というのは全
   部できる、でも自分で何かしようとすると何にもできなくなっちゃ
   う、という若者は皆さんの周辺にもいるかと思います。
   これは、○×式教育のせいです。マニュアル主義というのは、○×   式教育にぴったりあっているわけで、○か×か、しかない。つまり
   答がいくつもあったりするようなものはダメなのね。
   人生って、答は一つじゃないんです。答が一つであることを要求す
   る○×方式、それがこの国の教育の大部分だと思うと、ぞっとしま
   せんか。

★「他人と比較してはいけません。その人が持っている能力と、その人がやったことを比較 しなきゃいけません。そうすれば褒めることができます」
  ☆そうですね。これはとても大事なことで、職人の世界だけじゃあり
   ません。「あいつができたのに何でおまえができないんだ」という
   のは最低の言い方。その人が持っている能力とその人がやった仕事
   を比較して、「えらい、よくやった」「もうちょっとかな、がんば
   れよ」ーこうでなきゃ、いけないんですね。

★「労働基準法というのは徒弟制度を認めませんからね。修業中の弟子にも
 月給を払えとい うんですよ。月給払って働いてもらうんじゃありませ
 ん。仕事を身につけて一本立ちしてもらうんですから、払うどころか、
 もらいたいくらいですよ。もう職人の世界で、弟子はとれない時代にな
 りました」
  ☆そうなんです。いまは弟子でも払わなけれはいけないんです。若い
   弟子の立場からすればあたりまえかもしれません。学校を出て、弟
   子入りして、働いているんだから。昔だったら、盆暮、薮入、その
   へんにやっとお小遣いをもらうだけで、あとはこき使われる。でも
   、こき使われているあいだに大変な勉強ができるわけで、どれだけ
   の勉強ができるかは当人の問題だったんです。芸能界でいうと、噺
   家の立川談志一門、あそこは弟子から金をとるんです。労働省は表
   彰してあげるべきです。

★「掃除がきちんとできない奴は、ロクなもんじゃありません。
 ものをつくる人間は、まず掃除から修業すべきです」

★「お前さん、そこに座りなさい。お前さんは働きに来ているんじゃない。
 修業に来ているってことを忘れちゃいないかい?」

★「職人で、自分で仕事の質を落とすってことは考えられません。
世間や、客が、質を落とせって言っている場合が多いですね。
 連中は売れりゃいい、買えりゃいいんですから」

★「オレが20万円貰って刺繍した絹布がさ、どうして300万円になってるの?どうして?職人だからかい?作家じゃないからかい?」

★「私たち職人は、どっかに作家コンプレックスがあるんですよ。
 作家と呼ばれたいというのが、えェ、あるんですよ。
でもね、作家の先生たちは職人コンプレックスがあるんですよね」
  ☆いい仕事をしていくと、職人が作家になる。作家になってしまうと、もう、伝統    工芸・伝統民芸ではなくなっちゃうんですね。
   ここのところ、とてもむずかしい問題で、作家になることを拒否する職人集団も    各地にあります。

「私ァ、名もない職人です。売るために品物をこしらえたことはありません。
 えェ、こしらえたものがありがたいことに売れるんでさァ」
  ☆これがやっぱり職人の本来の生き方でしょうね。
   このぐらい謙虚でしっかりした職人さんが多いといいなあ、と思います。

★「職人気質という言葉はありますが、芸術家気質というのはありません。
 あるとすれば、芸術家気取りです」

★「批評家が偉そうに良し悪しを言いますけど、
 あれは良し悪しじゃなくて、単なる好き嫌いを言っているだけです」

★「自分の作品を自分で売るようになると、品がなくなります。
 自分の子どもを自分では売らないでしょう」

★「値切るっていうのは品が無いよ。高いと思ったら買わなきゃいいんだ」

★「身体が仕事のために変形している人と、たくさん逢いました。職人の手
 がそうです。仕事にあった手に変形している、それを見ていると、職人
 というのは、職業というよりは、《生き方》なのではないかと思えてき
 ます。職業は途中でやめることができますが、生き方は途中でやめると
 いうもんじゃありません。体力が落ちて、現場が務まらなくたって、睨
 みをきかせることはできます。職  人の世界には、《親方》という言
 葉が生きています。」

★「名古屋の徳川美術館って、企画によっては職人はタダなんです。入館料
 をとらない。徳川美術館には、いろいろな工芸品が飾ってある。工芸品
 はみんな職人がつくったものです。だから、職人はここで学んでほしい
 ということです。」

★「どうして、伊勢の遷宮は20年ごとに建て直しをするのか。神道の理由
 は別にして、あれはギリギリの技術の伝承なんですね。20年ごとに建
 て直すということは、宮大工の仕事、職人の腕が伝わっていくことにつ
 ながるんです。つまり、20歳の時に下ごしらえをしたやつが、その次
 は40歳で、バリバリの棟梁です。そのつぎは60歳の大棟梁。20年
 の間隔ならば、職人の腕は伝わっていくんですって。これを30年だと
 伝わらなくなっちゃう。木工職人だけじゃないんですょ。神主さんの装
 束から、お皿から何から全部替えるんですから。何百人という職人の仕
 事を伝えているわけです。職人からみると、あの神社の存在は、日本の
 神道がどうのこうのということとは全然違う立派な意味合いがあるんで
 すね。」

★「〈永さんはおわかりでしょうけれども、これは織部、これは高麗茶碗。
 これ、ここの傷がないと国宝なんですよ。これは加藤唐九郎、これは荒
 川豊蔵、これは魯山人……〉全部、説明してくれる。みんな、立派な茶
 碗なんだなと思っていたら……
 〈お好きな茶碗を選んで下さい〉
  誰の作だがわからない、いい茶碗があったんです。
 〈じゃあ、これで〉〈ああ、それを選んで下さった。いやァ、お目が高
  い〉
 で、お茶を立てていただいた。いいんですよ、手の中のおさまりぐあい
 が。
 〈ほんとにいいですね、この茶碗〉って言いましたらね、
 〈今日いらしていただいたお土産に差し上げましょう〉
 もう、あやうく茶碗を落としそうになった(笑)。
 〈ほんとにそれをよく選んで下さった。うちの孫が夏休みにつくったん
 です〉 (笑)。
 僕としては、その子どもの作品のほうが優れていたと思いたい。でも、 よく見ると、やっぱりそうは思えない。なんだ、くれるのかと思ったら ……(笑)
 自分が選んだものについて、確信をもちきれない。そのときに、ああ、ま
 だまだオレ、ダメだなと思ったの(笑)。」

★「〈人間国宝〉と書いてあると、それだけで良く見えちゃうっていうの、
 あるじゃないですか。〈人間国宝がつくりました〉というと、それだけ
 で高くなったりしちゃうんだけど、若いときには素晴らしい仕事をした
 けど、年をとったいまはどうかな、というのもあるんですよ。良くなく
 ても高い、というのがあるんです。」

★「金沢の金箔は、ミクロン(千分のーミリ)の単位で計るような粒子の世界 を職人の手仕事でつくってきた。金の粒を皮ではさんで、丹念に叩いて 、金箔にしていく。気の遠くなるような手作業です。
 砕けないょうに、薄く、薄く、薄く。
 《狸の金玉、八畳敷》という言葉は、この職人の仕事ぶりを言っている
 と聞きました(笑)。
 だって、金玉が八畳ということはないでしょう。信楽焼の狸だって、フ
 クロが大きいんであって、玉が大きいわけしゃない。狸の皮にはさんで
 、金の玉を、ハ畳にまで叩いて広げるという意味だそうです。
 信じてないな(笑)。

ついでですが、信楽の職人に聞きましたら、あの狸の置物が水商売の店に置いてあるのは、『前金でお願いします』という意味だそうです。
 信じてください(笑)。」

永六輔著「商人」岩波新書1998.4.20第1刷より:p4,p5,p6,p7,p8,p11,p12,p13,p15,p24,
p30,p31,p32,p40,p41,p47,p59,p60,p63,p122,p123,p140,p74,p75,p76,
p77,p78,p79,p80,p81

★「客が買う気になる値段で、こっちが儲かる値段。これを決めるのが商売のコツだんな」

★「わたしは正札を、考えぬいてつけてるんだ。値切る奴には売らない」

★「大阪の商家は、実子がいても、養子に継がせることが多かったですわ。
 その養子に子どもが生まれん。養子の立場では、嫁があかんと言えませ
 ん。それで養子の旦那は証拠のために、脇に子どもをつくってみせたん
 ですわ」
  ☆娘の養子が気に入らない場合は、男の子が生まれたら、追い出して
   しまう。こういう養子を「種取り養子」という。

★「金を借りにいくときがありますわな。
 そのときに相手が大きく見えるようだったら、借りたらあきまへん。
 金を借りるのは、相手をなめてかかれる自信のあるときにしなはれ。
 かならず借りられま」

★「つくるのは、努力をすれば誰でもできますが、売るとなると、才覚がありませんとね」

★「〈モノをつくるのが実業、モノを運んだり売ったりするだけは虚業〉。
 そう言った、古い実業家がいましたね」

★「ピンをはねるというのは、管理責任をとるということです。
 丸儲けみたいなことをいわれては困ります」

★「買うておくれやす!おたのもうします。
 ……あては養子だっせェ!」
  ☆毎月21日、京都東寺の弘法市。
   京都ではこの日を「弘法さん」と呼ぶが、日本中の市と呼ばれるも
   ののなかで、もっとも好きな賑わいである。
   「養子だっせェ!」はここで聞いた言葉。

★「雨やみましたでェ、さきほど買うていただいた傘、引きとらせていただきまァ、
 雨やみましたでェ、傘、荷物になりまっせェ!」
  ☆大阪港にある水族館へ行ったとき、突然の雨。
   通りの店でビニール傘を500円で買った。その帰り道である。
   不要になった傘を300円で売った。
   なんだか、とても得をした気持ち。あきんどの町にいるんだという実感!

★「屏風と店は、拡げると倒れやすくなります」

★「店が混んでいるとき、
 お客様をテーブルに案内して待たせちゃいけません。入口で待っているぶんには文句  はいいませんし、混んでるなと思うだけなんですね。
 入口から外に並んで待たせれば、この店は流行っているなという看板のようなもので  す。
 テーブルに案内して待たせると、それが全部、裏目に出てしまうんです」

★「マグロを喰いますね。
 そのマグロを釣った漁師は金を受けとります。
 運んだ奴も金をとります。市場でも金が入りますよ。
 われわれ板前も、料理をして金をいただくのが商売。
 お客さんは喰うんだから別として……
 マグロ自身は一銭もとっていない!これが、どうも腑に落ちないんだ」

★「通信販売が大変な人気だっていうことは、
 店が無くても品物が売れるっていうことですよね。
 〈暖簾を守る〉とか、〈老舗の商法〉とか言ってちゃ駄目だっていうこ
 とだ」      
  ☆「通販」がありがたいのは、過疎地や離島の人たちだという。
   以前なら都会に行かないと買えなかった品が、自由に買えるのであ
   る。店が無いという商売は新しいわけではない。
   商売の歴史では、そもそも店は無く、売り歩いていたのだから……

★「切れない電球はつくれるんです。でも、切れなきゃ売れませんから」
  ☆商品が使い捨てになりつつあるのは、カメラの世界ではご存じのと
   おり。修理するより買ったほうが安いのは時計。まさに消費という
   言葉がぴったりになりつつある。買っていただいて、トコトン修理
   保証するというような商人道徳は、化石になりつつある。

★「もれない、むれない……結構な商品ができたもんだ。
 でも、そんなおむつで育つから、自分の環境に気のつかない奴になるん
 だよ」

★「大人用おむつはたしかに介護には便利です。
 でも、紙おむつになってからボケがすすむ、というデータもありますの
 で……」

★「スピード違反一万円!佐渡ワカメ、八百円!」
  ☆佐渡島をドライブすると、おもしろい交通標語をよく見かける。
   「ワカメ八百円」だけでなく、「美女入浴中」なんて標語があって
   、楽しい。美女が入浴しているところが見えるわけはないのだが、
   この看板で確実にスピードが落ちるのである。
   九州の島原で、シエル石油のスタンドに大きな看板があった。
   「入れて快感、貝の味」

★「一般大衆投資家っていうけどさ、
株に手を出す連中を一般大衆に入れてもらいたくないね」

★「株で稼ごうと思うことが不健康です。不健康なことって、みんな面白いけど」
  ☆「投資家」は文字どおり、資金を投げたのだから、投げたものにま
   で補償する必要はないと思う。

★「課長レベルで億単位の金が動かせるんですから、ふつうの神経じゃいら れません。100万の接待ぐらい、接待とは思いません」

★「大蔵省は、アメリカでいったら、CIAとFBIをあわせたような権力を持っています。
 で、秘密警察の役割をはたすのが税務署です。
商売上の弱みは全部、握られていますなァ」

★「大阪の商売人は〈儲かりまっか〉とは言いまへん。あれは菊田一夫さん
 とか、花登筺さんとかが、小説や脚本のなかで使われた言葉で一般には
 そんな言い方しまへん。言うとしたら、〈きばってまっか〉〈お蔭さん
 でホチボチだす〉ボチボチというのは人様に迷惑かけんよう心掛けてお
 りますぐらいやな。」

★「〈約束を守る〉〈嘘をつかない〉そしてもう一つ大事なこと、〈いいわ
 けをしない〉。 この三つにつきまんな」

★「老舗っていいますよね、それを古い商いを守っていると考えるのはまち
 がいです。長い歴史を生き残ってきたというのは、新しいからです。時
 代の流れの先頭にいたからこそ、老舗になれたんです。老舗と言われて
 商売がつづいているというのは、実は古いからじゃない。新しいからで
 、文字にまどわされてはいけません。」

★つづいては「道歌」である。

 金銭は 慈悲と情けと 義理と恥 身の一代に 使うものなり

 商人の 芸は下手こそ 上手なれ 上手になれば 家はつぶれる

 少しずつ 盃に入る 酒なれど 家田畑も 遂にかたむく

 身代は 坂に車を 押す如し 油断をすれば 下りこそすれ

 気もつかず 目にも見えねど 何時の間に ほこりのたまる たもとな
 りけり

 今日ほめて 明日悪くいう 人のロ 泣くも笑うも 嘘の世の中

 身をけずり 人をば救う すりこぎの この味知れる ひとぞ尊き

 世の中は 左様しからば ごもっとも そうでござるか しかと存ぜず

 降る雪に たわむに見えて 折れぬこそ 柳の枝の 力なりけれ

 ぶらぶらと 暮らすようでも ひょうたんは 胸のあたりに しめくく
 りあり

 手や足の 汚れは常に 洗えども 心の垢を 洗う人なし

 重くとも 我が荷は人に ゆずるまじ 担うにつけて 荷は軽くなる

 楽しみは 後ろに柱 前に酒 左右におなご ふところに金

 富士の山ほどお金をためて 裾から五円ずつ使いたい