20世紀を生き抜くための「心」・「技」・「体」その42
はじめに
「技」大前研一氏の「一人勝ちの経済学」より
「語録」追録その2
「体」篠原佳年著「生死同源」(2000.2.10第1刷発行:幻冬社1600円+税)より
「はじめに」
★ 最近、大前研一氏の「一人勝ちの経済学」(1999.8.30初版:光文社1600円+税)を読みました。以前トップポイントの紹介記事を同封したことがありますが、大前氏は江戸時代の過小評価、明治時代の過大評価の見直しを主張しています(p284以下)。あとの時代の指導者は自らの正当性を強調するため自分の都合のいいように歴史をゆがめます。そして、それは教育を通して子供達に刷り込まれていきます。だから歴史について学ぶときにはそれがどのような背景でつくられたものか検証する必要があります。例えば大前氏は家康が定めた士農工商という身分制度をきわめて理に叶ったものとしています(p291)。私もそう思いますし「まず食えることだ」という経済観念を持っているから「農本主義」的な発想をほかの人より強く持っています。ところで大前氏の指摘を読んでいて気になったのは、家康は「士農工商」という身分関係をどういう形で制度化したのか、ということです。歴史学者は、家康がどう定めたから(或いは書いたり、述べたりしている)から「士農工商」という身分関係を確立したと判断したのでしょうか。それにはどれだけの拘束力があったのでしょうか。あらためて自分の歴史知識のあやふやさ、受け売りの知識のいい加減さを実感しました。誰か根拠のわかる方がいらっしゃいましたらお教え下さい。
「技」大前研一氏の「一人勝ちの経済学」より
★a.ニューヨークの株価は、近年とくに急伸し、年間15%もの利回りが4年間も統いている。そして、株の高騰をもたらした主役こそ「401k」族であり、今後の暴落の要因ともなりうるものである。
★b.まず「40lk」から説明する。それは、確定拠出型の企業年金のことである。従来アメリカでも、サラリーマンの年金は毎月の給与から保険料を納め、老後一定の年金の給付が約束されるというものだったが、レーガン大統領の時代に年金財政がお手上げ状態となり、政府は年金の額を保証する確定給付に代えて、確定拠出型の「401k」を導入した。これは、サラリーマン個人個人が、保険料相当額を自分で投資・運用し、その運用成績によって給付額が増減するというものである。つまり、株や債券、預金などに自由に運用して、自分で自分の年金を稼ぎなさいというのである。この制度を規定している条項が内国歳入法の401条のk項であることから、「401kプラン」と呼ばれ1982年にスタートした。最初のうちは、大部分が安全確実な債券に投資していたが、しだいに株の比率が高まり、スタートから10年ぐらい経ったころから、株式市場に資金を投入する人が急増してきた。だから、近年、ニューヨークの株式市場に莫大な資金が流れ込み、それが株価沸騰の大きな背景となっている。
★c.この「401k」はここ数年間、毎年平均で15%程度もの高利回りを上げており、年金資金を株に注ぎ込んでいる大勢のサラリーマン、ビジネスマンたちが、みな、おおいに潤っている。結果、拝金主義がアメリカ中に蔓延し、大部分のアメリカ国民がマネーゲームに走っている。「40lk」の年金資金を株に突っ込み、ひたすら株価の上昇を願っているアメリカのサラリーマン、ビジネスマンたち。それを、私は「401k」族と呼んでいる。
★d.いまや、アメリカの個人の金融資産の約8割が株にリンクしており、「40lk」族と「ニューヨーク株式市場の利害」とが、完全に一致してしまっている。それゆえ[40lk」族の資金がどう動くかによって、ニューヨークの株価が動き、ひいては世界の経済が揺れるという状態が生まれている。
★e.現在のアメリカは、ニューヨークの株価でしかものを考えない国になってしまっている。「40lk」族の利害がすべての中心になっており、外交政策も経済政策も、すべてが「40lk」族の利害を代弁するものとなってしまっている。さらに、ニューヨーク株価のためなら、他国に経済戦争も仕掛け、中国の人権問題も見逃し、場合によってはミサイルさえ撃ち込む。アメリカは、自分たちが金儲けができているかぎりはすべてのことを許し、株価を下げるものは、どんな人間であろうが国であろうが、それは敵だという論理が支配する国になってしまっている。それは、真実を追究するはずのジャーナリストとて例外ではない。大前氏が、ウォール・ストリートにマイナスの発言をすると、恐れと敵意をもって迎えられ、露骨に嫌悪感さえ示す。記者もキャスターも、「40lk」をやっている。だから、ジャーナリストとしてというより、「401k」族として、「ウォール・ストリートを脅かすヤツは、すなわち悪である」ということしか考えなくなってしまっている。記事もそういうトーンで書くから、「アメリカの足を引っ張るヤツはすべて悪者」ということになる。彼らもインサイダー(利害関係者)であり、冷静な話ができない。株価に悪影響を与えるような事柄には筆が鈍る。テレビも同様である。この状況は当分続く。
★f.アメリカの外交も、儲けに目が眩んで貪欲化する一方の「401k」族の利害を代弁するものとなってしまっており、このことを理解することなく、アメリカという国を理解することはできない。日本に対して、「公共投資で景気を刺激しろ」と語るとき、それは日本のことを思いやっての発言ではない。「これ以上、ニューヨークの足を引っ張るのは止めろ。そのために早く景気を立て直せ」ということなのである。「とにかく景気刺激策を出して、ニューヨーク株価に悪影響を与えないようにしろ」ということである。
★g.さらに、アメリカにとっては、国民自身が敵になってきたことが最大の問題だ。政府が政策的に正しいことをやろうとしても、欲望に日が眩んだ国民自身が許さない。これは、人類の歴史始まって以来のことだ。政治というのは、ある意味では、金持ちが少数派の社会で、貧しい人たちのために、あるいは正義のためにということで成り立ってきた。ところが、現在のアメリカのように、大多数が株をやり、皆が「私もちょっとした小金持ちだ」という気分になっている社会では、政治がやりにくい。このことは、どこかで、必ず制裁を受けると、私は思う。しかし、その制裁を受けるのが、従来なら金持ちや企業など、アメリカのなかの一部の人だったのに、今度はアメリカ国民全体になってくる。だから、その影響は甚大だ。ニューヨーク市場がポシャったときは、アメリカ全体がパニックになる。これは従来とはまるで違う構図だ。そのことをわれわれは理解しておく必要がある(p176-180,p225-231)。
「語録」追録その2
★「病院にお見舞いに行って、病室のカーテンを引くときは目の高さのところをつかんで開けてください。ドアのノブがあるあたりは看護婦さん達がバイキンがついた手袋で開け閉めしているからそれをもらって帰る可能性が高くなります。」
*この話を聞いて院内感染というのは手袋がその伝達経路になってい
る可能性が高いと思いました。
お見舞いに行かれるときはぜひ気をつけてカーテンの開け閉めをし
て下さい。
★ 「玄米は生きているから水につけたりすると芽が出てきます。それを炊きます。」
*麦は麦芽状態にすると成分が変わり種子のままよりも栄養価が高
くなる。モヤシも同じ。ベトナムには「ホビロン」という有精卵
が中で雛として成長しつつあるアヒルのゆで卵を食べる料理があ
るそうです(芦屋哲原作・花咲アキラ画「美味しんぼ」66巻)。生
命あるものを食べることによって人間は生きさせていただいてい
る。そのことをあらためて感じさせる食べ方です。
★「うちは学歴重視です。学校歴じゃあありません、学習歴です。過去形ではありません。現在進行形です。」
★「コンサルタントとして“決断”を売ってます。だから決断に到った要件に誤りがあればすべて私共の責任です。」
★「自己紹介するとき“税理士の本郷尚です”という言い方はしません。“タクト・コンサルティングの本郷尚です”と言います。税理士という肩書きを名乗った方が仕事には入りやすいですが、お客様が“税理士”というワクをつくってしまうのであえてこう名乗っています。」
*資産税についてのプロ、コンサルティング集団代表としてアドバ
イザー的な位置づけの税理士よりも一歩踏み込んだ指導をしてい る本郷尚氏のことば。プロとしての迫力を感じさせます。
「資産税顧客の上手な見つけ方・受け方10のポイント」シリエ
ス総研カセットより。
★「教は育を超えてはならない。」
*税理士で賃金コンサルタントの小原靖夫氏のことば。「教育」は教え育てると書く。育てる(目的)ために教える(手段)のだから教えすぎてはいけない。マニュアルは優れたものではあるが、考えることをやめてしまう人が出てくる弊害がある。
★「長男の通った高校は非常に面倒見がよかったんです。受験手続きから宿屋の予約、乗っていく電車の手配までしてくれました。おかげで親は助かったんですが、次男の時はなにもしてくれなかったんで直前になってホテルの予約で大あわてになりました。どこでもいいからなんとか確保してくれ、と旅行社に頼み込んでやっと見つけてもらいました。長男はあとでその苦労を味わいましたから、どっちがよかったんだかわかりません。」
★「セミナーに行ったら講師の話を聞くことももちろん大事ですが、そこの参加者と一晩中話をするつもりで出かけるようにしています」
*セミナー3万円。それを収録したビデオ1万5千円。カセットテ
ープ5千円。これが単行本になると1500円。文庫本になると
700円。という教材費用の違いを聞いたことがあります。情報
の鮮度、その教材から伝わる価値の違いが価格に表れます。聴覚
だけのカセットテープより視覚にも訴えるビデオの方が情報がよ
り鮮明に伝わります。セミナー会場ではビデオにはない質疑応答
、あるいはオフレコの情報が聞ける強みがある、とは思いました
が上記語録のメリットには気づきませんでした。会場で隣に座っ
た人はたぶん同じ悩み、同じ問題意識を持っている人たちではな
いでしょうか。そんな人たちと意気投合できたら、セミナー会場
で得た知識よりももっと貴重な情報交換が一晩泊まることによっ
てできるかもしれません。そういう出会い、人脈を考えたらセミ
ナー代は安い、と思えるかもしれません。
「体」篠原佳年著「生死同源」(2000.2.10第1刷発行:幻冬社1600円+税)より
★a.元気のなくなった状態を「エネルギーがなくなった」という言い方をよくするが、実はそうではない。人の持つエネルギーの総量は百人百様であるが、ひとりの人が持つエネルギーの総量は変わらない。
★b.何かの精神的な理由で、全身を巡るはずのエネルギーがバランスを崩してしまうのが、病気のはじまり。疲労や、不安や、ストレスや、恐れ、怒り、嫉妬、そうしたマイナスの意識を持ったとき、その人のエネルギーは病気に一直線に向かう。人が病気になるのは「気が落ちた」からではなく、「気を病気づくりに使った」結果である。
★c.つまり病気を作っているのは、人の意識であり、意識の力を上手に活用している人は、健康で豊かな人生を送ることができる。意識を、自分が楽しく感じられることに向ければ、エネルギーは体に満ちて健康になる。篠原氏はいつも、患者さんの意識を病気から離し、楽しいこと、幸せなことに向け、極力「病気が治る」イメージを持つてもらうようにしている。(p36-37)
★d.「内傷なければ外邪入らず」という中国の諺がある。これは、自分のなかに傷がなければ、外から邪気は入ってこないという意味である。精神面においてもまたしかり。日々「癌になりそう」などと感じる人はいないにしても、たとえば「癌は怖い」と恐れることも、癌というイメージを意識に刻印し“内傷”を作ってしまうことと同じ。そのことが“外邪”を招くことになる場合がある。例えば医師は自分が専門とする臓器の病気にかかりやすい。胃癌の権威の先生が、毎日、重篤な患者さんの症状を目の当たりにしていると、自分もまた胃癌になってしまうことがある。「自分は癌にはなりたくない」そういう否定形ではあっても、胃癌をイメージしたことには変わりはない。はからずも、それが恐れの感情を膨らませ、自分で病気を作ってしまうことになる。
★e.イメージの力は現実の人生そのものを作る、と言っても過言ではないわけで、現実に起こることは、言うなればその人の意識の投影である。従って必要以上に健康に気を使うのも、病気に気を使うのと同じこと。いずれにしても、原因は患者さん本人の意識だから、答えも患者さん本人にしか見つけることはできない。病気というものは、その人の体の深い部分から発信された、その人の生き方に対する“熱きメッセージ”と言える(p42-43,44)。
★f.極端に言えば、人は死ぬ直前まで、自分で治そうとする。医師は治るきっかけを少し作る、ただそれだけでいい。若い頃、救急救命を専門にしていた篠原氏は、名医の条件とは「治療をやりすぎないこと」だと覚った。
★g.救急の現場では、第一に患者さんの体のバランス調整に努める。例えば酸性に傾きすぎていたならアルカリを入れるが、その量は計算式から導き出された値の3分の1か5分の1ぐらいに抑えるのが名医である。全部与えてはいけない。なぜなら計算値には、患者さん本人が精一杯調整しようとしている幅が入っていないからである。医者が計算通りにやるということは、結果、やりすぎるということになる。
★h.人間というものは、それほどキャパシティが大きいものである。医師は、自分の考える方向にちょっとだけ手助けする、一石を投じる程度の感覚で臨むのがいい。それこそが命にとっては転換のきっかけになる。あとは体が勝手に治っていく。だから命の管理を医師まかせにしてはいけない。命の管理は自分の仕事だと気がついた患者さんは治癒に向かう、そんな確信を持っている。
★i.そのためにはまず、患者さんは自分の命に関する権威であり選択権を持っているということを自覚しなくてはいけないない。同時に患者さん本人が自分の体の状態に気がつくことが大切である(p148-149)。
★j.あるお母さんから、こんな悩みを打ち明けられた。「子供が風邪で熱を出した場合も、とにかく熱が下がるのを気長に待ちたいと思うんですよ。熱と闘ってる子供を見守ろうって。でも2日目になるともう駄目。万が一、手遅れになったらと思うと、つい解熱剤に手が出てしまう」
★k.子供に限らず人間の体は結局、自分のなかから治癒を促す機運ができることで、自分から治っていく。ただしそれには時間が必要で、相手が子供の場合、このお母さんのようなジレンマに陥りがちである。子供を見守ろうというときに、どうにも待てない。このイライラした感じを、いったいどうしたらいいのか。極端な話、自分の目の前で万が一死なれでもしたら……、などとあらぬ心配をする。そういう事態になったらどうしようと、そちらの恐怖が頭をもたげてくる。結局、見守る勇気がないばかりに一晩待つのが耐えられず、解熱剤をのませてしまう。「熱が原因で死ぬんじゃないか」と思うのは、親のエゴにすぎない。子供でも、人間の体のキャパシティというものは、想像以上に大きい。熱を出した、ということだけで死ぬことは滅多にない。それに、解熱剤を使っても翌日また熱がぶり返す可能性だってある。仮に熱がうまく下がったとしても、その子供自身の体が治したわけではない。
★l.ほんのもう一日我慢して見守れば、子供は自分から治っていく。おそらく、お母さんもそう考えているに違いない。しかし、自然にまかせて忍耐する、というのは自信がないとできない。子供が生きるか死ぬかと心配な場合、寝ずに見守るぐらいのつもりで最後まで付き合う覚悟を決める。度胸を据える。熱にうなされて苦しんでいたら、親も一緒に苦しみ、脈をみたり呼吸をみたりして時間を共有する。そうすることで病気を治す力が強くなり、親や子供に自信がついてくる。ただ呼吸を合わせ一緒にいるだけで、子供さんの命を感じることができるから、それだけでも必ず落ち着いてくる。
★m.ただし極端すぎてはいけない。臨機応変に、今の現代の医学の必要性があるものには、それなりに適切な対応をしながら、あとはとにかくよく見るというのが肝腎である。様子を見極めるということは難しいことですが、「この子は今、治る力を持っているか」「治ろうとしているのか」あるいは「今はもう崖から落ちてしまいそうなのか」そこはやはり正しい判断が必要である。
★n.人間は体が自ら信号を出す。篠原氏の場合、風邪をひいて調子が悪く熱が38度、39度に上がり、もう自分にも打つ手がないと悟った場合、怖いと思うあまりいつの間にか寝てしまう。そうすると体が勝手に治していく。気絶して寝込んだら死んでしまうのではないかと思われるかもしれないが、そんなことはなく、翌朝はケロリと全快しているのが常である。人の体というものはいつでも自分を治している。あまりの恐怖を感じたときには、感情の回路を切る(気絶)という自衛手段を使ってまで、体は治している。そのことを熟知しておくと、いざという時の対応にも慌てることがない(p204-208)。
★o.東洋医学の養生訓に感情の度合いが内臓の状態を左右するので要注意、という教えがある。くよくよすると胃が悪くなる。恐れると腎臓が悪くなり、悲しむと肺を傷める。喜びすぎたり笑いすぎたりすると、心臓を傷め、怒りすぎると肝臓を傷める。
★p.東洋医学は、どんな味を欲するかで内臓の状態を診断することがある。胃が弱ると甘いものが欲しくなる。甘いものは胃を助けてくれる。けれども、摂りすぎると胃を壊していくので要注意。“過ぎたるは及ばざるがごとし”です。
★q.腎臓が弱ると塩気のものが欲しくなり、肺が弱ると辛いものが欲しくなる。また、心臓が弱ると苦いものが欲しくなり、肝臓が弱ると酸っぱいものが欲しくなる。食べたいというのは「弱っている」というサインであり、いずれも弱った内蔵を助けてくれる(裏返せば健康状態を表すバロメーターになっている)。
★r.「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」この言葉は美人の定義として伝わっているが、実は漢方の処方に関するマニュアルである。①立てば芍薬=これは、水がたまって内臓が下垂すると水の中毒になり、痺れ、痛み、冷え性になりやすい。その下垂した腹を起こす作用が働くと、腹を立てる、つまりヒステリーを起こす。だからヒステリーを起こしそうになったら、芍薬をのませなさいというマニュアル芍薬は水の病気に効く。②座れば牡丹=座って動かない人、山の神のように動かない人は、古い血と新しい血の循環がうまくいかず、めまい、肩こり、頭痛、血圧、心臓病を起こしやすいので、牡丹をのませなさいというもの。牡丹は血液を綺麗にする効果がある。③歩く姿は百合の花=歩き方が揺れている人は気
がフワフワしている。つまり気の病気なので、それには芳香剤の百合の花をのませなさいというマニュアル。この三つの薬花が揃って漢方でいうところの命を支える“水”“血”“気”が改善される(p126-128)
★s.人間の体は、あちこちから自分の健康状態を表す信号を発している。そのことさえ知っていれは、気づくことは難しいことではない。まず舌は体の内部の反射板のようなもので、いろいろな信号を発している舌は色と形で、“水”“気”“血”の状態が分かる。舌が普段よりも大きくなっている場合は“水”がたまっている。引きつれている場合は“気”が足りない。先が前に出ない場合は“血”が不足している。
★t.舌の表面に生えている苔が黄色い場合、胃の状態があまりよくない。胃が少し焼けてますよと教えている。舌には内臓の色が出る。黒っぽい色の人は、内臓が焼け焦げたように弱っている。舌の表面に苔が厚いのは体に水がたまっているサイン。ただし熱が出すぎると、逆に苔が薄くなる。健康な舌はある程度潤い、苔がほどほどにあり、みずみずしい。舌下の色。舌下静脈がドス黒く浮いている場合は、肝硬変のことが多い。舌の異変が起きた部分で、内臓の状態がわかる。舌のいちばん先端は心臓と肺、中央が胃、横が肝臓、奥が腎臓。変色したり苔が剥がれている場合などは要注意。
★u.東洋医学では、内臓のどこかが弱いときは、それをカバーするために別のどこかが強くなり症状を起こす、という考え方に基づく治療法を確立している。問題の核心を見つけ出し、そこを治す。これを“本治法”と言う。症状の強く出ているところを治療するのではない。西洋医学では“標治法”を用いる。これは東洋医学の言葉で、症状の強いところを、直接、治す治療法で、対症療法に終わるきらいがある。
★v.東洋医学では、まずお腹を触り脈を診て、弱い部分があれば、そこの(機能が落ちている)経絡のツボに針を打ち、脈が戻ったかどうかを診る。東洋医学では脈が大事なバロメーターになる。脈の強弱で、内臓のどこがバランスが崩れているかが分かり、針一本だけで気の流れを調整する。
★w.東洋医学では、臓器と臓器とはペアで調子を保っており、調子が悪いときには体の別の部分に信号を出すと考える。臓器と臓器というのは、必ず内臓が詰まったところと空っぽなところの組み合わせ。これが五臓六腑の本来の意味で、五臓と六腑がペアになっている。
★x.たとえば肺と大腸はペアです。肺と大腸の状態は、鼻と皮膚に表れます。アトピーのお子さんで鼻炎や喘息を持っている場合が多いのは、そのためなのです。昔から「乾布摩擦をすると風邪をひかない」という言い伝えがありますが、あれは皮膚を強くすることによって、肺と大腸を強くしていたわけです。心臓は小腸とペアです。で、信号は舌に出る。また、脾臓(膵臓)は胃とペアです。こちらのペアの調子は口唇に表れます。薬で胃を傷めると口唇が荒れ、胃が弱ると口に何か吹き出物が出たりします。腎臓(副腎)は膀胱とペアです。そして信号は耳に出る。ですから耳の聞こえが悪くなったということは、腎臓の機能が落ちたという捉え方をする。生理が止まった、生殖機能がなくなった、腎臓の機能が落ちた、という人は耳の機能も低下しています。また腎臓は骨の代謝に関係するから骨がもろくなります。 肝臓は胆嚢(たんのう)とペアです。そして信号は目に出る。「最近、老眼がひどくて」とか「視力が落ちた」という人は、肝臓の気が落ちたのが理由なのです。あるいは肝臓が弱ると、筋や筋肉が弱る。肝臓と腎臓が弱った場合は、筋や筋肉や関節に水がたまる。
★y.いろいろ分かってくると「肝腎かなめ」という我々がいつも何げなく使っている言葉の、なんと言い得て妙であることか。肝臓は血を司り、ゴミ焼却所と同じで解毒する場所、腎臓は水を司り、下水処理場と同じで水を浄化する場所です。つまりこのふたつが最終器官なわけで、他のどの内臓よりも肝臓と腎臓が悪くなったなら決定的という意味では、まさに「肝腎かなめ」。歳をとると、目が悪くなり耳が遠くなるそれは「肝腎かなめ」の機能が落ちてきて、生殖機能がなくなり、人間の持って生まれたものがそろそろ空になりかけてますよ、という合図です。そんな場合は、生活のペースを少し落としてみるのもいいかもしれない。心の目も内面を向きたがっているはずです(p142-147)。